Discover it every day and am absorbed every day.
ノルウェーの画家、エドヴァルド・ムンクと言えば、私の中では「朱色」が印象的な画家です。
「芸術はすべからく作者の血によって生み出される」というムンク自身の言葉があるように、
彼の使った、生命や死を予見させるような朱色からは、愛や欲望、不安、絶望、嫉妬、憧憬、
そして死への恐怖…といった生々しい感情が滲み出ているように感じます。
幼い頃から家族の死が相次ぎ、それによって人格の変わってしまった父親を持ち、
生涯にわたって病や死への不安が付きまとっていたというムンク。
だからこそ、これまでは心理的・情緒的な面からのプローチで語られてきましたが、
今回の展覧会は、もっと離れて眺めたときに見えてくる「装飾性」にスポットを当てたものでした。
確かにそう言われると、そういうものを彷彿とさせる作品があったなぁと思えてくる。
中でも一番真っ先に思い浮かんだのが、「マドンナ」でした。
「マドンナ」 (C) Munch Museum,Oslo
絵の中に、更に額を描いて縁取っているのだから、装飾と言えなくもないな、と。
こういう事を言いたいのかな?と思いきや、どうやら、そういう事だけではないらしい。
ムンクの中で言う「装飾性」というのは、作品そのものが室内の装飾品となる事。
いくつもの壁に飾った、または壁に描かれた作品は、全体で1つの作品となり、
「一連の装飾的な絵画」としてなるべく構想されたものだったようです。
そもそもムンク自身が、最も中心的な諸作品に<生命のフリーズ※>と名付けたのは、
そのような考えを持っていたからでした。
※フリーズ…建築用語で言う帯状装飾の事。
それを裏付ける資料として、ムンクが手がけた装飾プロジェクトの
ラフスケッチや下絵となった油彩画なども多く展示されていました。
こうやって見ると、生命のフリーズからモチーフを持ってきているものも多数あり、
ムンクの作品にとって外せない重要なテーマだったのかな、とも思いました。
<生命のフリーズ>の展示装飾のためのスケッチ (C) Munch Museum,Oslo
アトリエでも、この装飾性を実践していた貴重な写真が残されています。
ちょっと写真では小さくて確認しづらいですが、ドアを囲むように絵が飾られていて、
さらに部屋を取り囲む壁にも、帯状に絵が掲げられています。
エーケリーのアトリエ (C) Munch Museum,Oslo
ドアの上部に3つの絵がありますが、これがムンクの作品の中でも有名な3点。
左から「叫び」「不安」「絶望」 (C) Munch Museum,Oslo
こうやって並べて見ると確かに、それぞれが独立した絵画ではなく、
関連性を持った一連の作品として見ることが出来ます。
一つ一つでも十分見ごたえありますが、並べる事で物語性がより深まる感じがするし、
凄く分かりやすい例でした。(生憎、「叫び」だけは印刷での展示でしたが)
晩年にはオスロ市庁舎のために、労働生活を主題にしたフリーズも制作しています。
それはこれまで見た作品からは想像もしなかった、力強い労働者達が描かれている作品で、
ムンクにもこんな作品があったんだと酷く驚きました。
「今や労働者の時代だ。芸術は再び万人の所有財産となり、
公的な建物の大きな壁画のために制作されるようになるだろう」
この言葉と、力強い作品のタッチに、しんみりと思うところがありました。
雪の中の労働者たち (C) National Museum of Western Art,Tokyo
こんな風に、ちょっと変わった切り口から鑑賞できたのはなかなか面白かったです。
私もどちらかと言えば作品は飾って楽しみたい方なので、何となく分かる気がする。
もちろん、ムンクにとって作品に魂を込める事なんて当たり前の事だったろうけど、
「作者の血によって生み出される」と言う作品に、こんな小洒落た演出があってもいいじゃない。
飾って眺めて、満足できる作品ってのは、本当にお気に入り作品なんだと思う。
実はムンクの言葉の中で、凄く気になる言葉があります。
「わたしの家庭は病気と死の家庭であった。
たしかに、わたしは、この不幸に打ち勝つことはできなかった。
だから、このことは、わたしの芸術にとって決定的なものであった。
「生命のフリーズ」は、のろいに似た天性のような関係をもっている。
といって、このことがわたしの芸術を醜悪にせねばならぬということではない。
その反対で、わたしの芸術は健康な反作用であることを、わたしは感じている。
わたしは絵を描いているとき、決して病んでいることはなかった」
どんなに病んでいると評される作品であっても、その作品を制作している時は、
ムンクにとってとても健康的で、充実感を伴った時間であったのだと思います。
ムンクの人柄にも興味を持った、良い展覧会だったと思います。
>>ムンク展
会期:2007年10月6日(土)~2008年1月6日(日)
会場:国立西洋美術館
時間:9:30~17:30(金曜日のみ20:00まで)
休館日:祝日を除く月曜日、月曜祝日の翌日火曜日、12月28日(金)~1月1日(火)
入館料:一般1400円、大学生1000円、高校生800円 (中学生以下無料)
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